クラウド時代をリードするモバイルSaaS【第1回】
ケータイ活用の進化形「モバイルSaaS」がウケる訳
ASP/SaaSビジネスは黎明(れいめい)期を過ぎ発展の段階に入った。特に「モバイルSaaS」市場の盛り上がりが顕著だ。法人市場で新しいSaaSも登場する中、制約の多い携帯端末で利用するSaaSの可能性とは?
[井上猛雄]
携帯端末がSaaSに利用される理由
最近、企業で急速に広まってきたSaaS(Software as a Service)の利用に、新しい動きが起きている。サービスの利便性や効率性を一層高めるために、社内のPCだけでなく、社外で(ノートPC以外の)携帯端末からアクセスが可能な「モバイルSaaS」だ。
モバイルSaaSの活用として考えられる事例を幾つか挙げてみよう。フロントオフィス業務(CRM、販売管理)では、携帯端末から顧客データベースに安全にアクセスし、情報リソースを有効活用するシーンがあるだろう(図1)。一方、バックオフィス業務(販売管理・売掛管理、在庫管理)でも、オフィス側から倉庫の在庫状況を、逆に倉庫側から営業の受注内容をリアルタイムに把握し、商品情報をダウンロードすることで、システムを物流を中心にしたものに変えられる(図2)。
また、保険業や医療・介護・福祉などの分野でも、業種に特化したサービスでの活用が考えられる。モバイルSaaSによって、保険業では見積もり情 報を外出先から取得する支援システムを提供できる。また、医療・介護・福祉では携帯端末による診察予約、予約状況確認のサービスなどが可能だ。
さまざまな活用シーンが想定されるSaaSだが、携帯端末を利用しようという背景の1つには、いつでも、どこでも利用できる携帯電話や スマートフォンなどの機器が高性能化し、業務用端末として活用する企業が増えてきた点が挙げられる。実際に経済産業省の調査(出典:「平成18年情報処理 実態調査結果報告書」)によれば、業務に携帯端末を利用している企業の割合は、2004年には36.9%だったものが、2005年には46.9%に上昇し ており、ノートPCに次いで利用率が高いという。
さらに現在では端末の通信速度も高速化している。携帯電話も3.5G携帯が市場のメインストリームとなり、十数Mbpsクラスのデータ通信に対応 できるようになった。インターネットに接続する場合でも、従来の固定ブロードバンドと遜色(そんしょく)のないハイスピードでWebを閲覧できるように なった点は大きいだろう。実際に利用するWebブラウザやアプリケーションの起動時間も短く、操作面でもストレスがほとんどない。
ではセキュリティ面はどうか。従来、外回りをする営業マンなどがノートPCを持ち出して利用することもあったが、どうしても盗難・紛失といったセ キュリティに対するリスクが付きまとう。利便性を取るか、あるいはセキュリティを取るかという問題のはざまで、社外での利用に規制を掛けたり、持ち出しに 二の足を踏む企業も少なくなかった。その点モバイルSaaSでは、無線ネットワーク経由で携帯電話やスマートフォンなどの携帯端末をシンクライアント的に利用し、端末にデータが残らないような使い方が可能だ。また万が一端末を紛失してしまっても、管理者側から端末にアカウントロックやデータ消去といった機能を適用できるため、第三者に悪用される危険性を抑え、セキュリティ面の心配からは解放される。
モバイルSaaSに利用するために考えておくべきこと
このようにSaaSへのアクセスについては、ノートPCに比べても携帯端末が引けを取ることはないのだが、弱点がないわけではない。それは機能面 において、PC向けのあらゆるSaaSサービスを利用できるわけではないということだ。また携帯端末ではキャリア(通信事業者)、機種ごとの依存問題もあ る。SaaS事業者は、それぞれの規格に合ったアプリケーションやサービスを、技術から運用までを含めて提供しなければならない。
もちろん携帯端末であるが故のスペック上の制約もある。例えば、CPUやメモリの性能もノートPCよりは低いし、そもそも携帯電話は画面サイズが 小さく縦長になっているため、専用アプリケーションやサービスの画面構成を変えて見やすくしたり、操作面でもインタフェースを使いやすく工夫する必要があ る。このような操作面での対応は既に進んでいる。
モバイルSaaSでは「携帯端末側でデータを閲覧しやすいように縦に並べて一覧表示する」「グラフィカルでリッチな画面表示はできるだけ省く」 「入力・編集などのインタフェースを簡易的なものにする」など、端末の仕様に合わせ、それぞれ最適化された形でアプリケーションが提供されることが多い。 主な利用目的としてデータの閲覧や編集にウエートが置かれることが大きいため、いかに早くデータを取り出せるかということがポイントになるのだ。
さらに、モバイルSaaSは常時接続で利用するのではなく、ユーザーが必要に応じてアクセスする形態だ。オフラインで利用できる機能が必要になる ことも多い。実利用では必ずしも通信状態が良好な場所とは限らず、電波の届かないところで利用するケースもある。そこで、あらかじめネットワーク越しにあ るデータを携帯端末にキャッシュしておき、端末側で編集作業を行い、必要なときにサービスにアクセスして最新データを取得したり、編集済みのデータを更新 に反映させるといった運用も可能だ。端末側にデータを残すという点でセキュリティレベルを下げる可能性があるが、こうした仕組みも必要だろう。モバイル SaaSの利用で考慮したい点を列挙したが、現時点でこういった点はある程度解決されている。
大手通信事業者がこぞって参入
さて、ここからは具体的なサービスを提供するベンダーや通信事業者の動きについて見ていこう。モバイルSaaSへの対応は、先行するセールスフォース・ドットコムやネットスイートといった海外勢のSaaS事業者だけでなく、国内のSaaS事業者や通信事業者にも広がりつつある。特に重要な動向としては、KDDI、NTTグループ、ソフトバンクグループなどの通信事業者が、こぞってモバイルSaaS市場に参入、本腰を入れ始めたことが挙げられるだろう。
通信事業者は今後、回線サービスだけでは大幅な収益拡大を期待できないと考えており、携帯電話やスマートフォンなどの携帯端末やアプリケーション を一体化し、付加価値を加えたサービスとしてユーザーに提供する戦略を練っているようだ。最近では、SaaSからPaaS(Platform as a Service)という概念も生まれてきたが、利用アプリケーションの数を増やし、魅力あるサービスのラインアップを取りそろえることで、モバイル SaaSの需要を喚起させようという狙いがある。そこで、信頼性の高いデータセンターに加え、認証・課金・決済、マッシュアップ機能などを事業者がプラッ トフォームとして提供することで、外部のソフトウェアベンダー各社がビジネスに素早く参入しやすい環境を整備しているわけだ。
例えばKDDIは、マイクロソフトとアライアンスを組み、モバイルも含めた本格的なSaaSを提供するプラットフォームとして「Business Port」をいち早くスタートさせた(図3)。その第一弾として、マイクロソフトの「Microsoft Office Outlook」のSaaS版として「KDDI Business Outlook」を提供した。このサービスは、ビジネスに必要不可欠なコミュニケーションツールをPCとau携帯電話の双方からシームレスに利用できるもので、初期導入費用やランニングコストを抑えられる。
携帯電話からはメール、アドレス帳、スケジューラを使用できるが、これらのサービスに加えて、PCでは簡易ワークフロー、文書共有、ポータル機能にも対応する。月額料金は1ID当たり980円と安価だ。今後はGCT研究所のERPサー ビス「Just-iS」や、ビー・シー・エーの会計ソフト「PCA for SaaS」、ソフトブレーンの業務プロセス管理ソフト「ビジネスクロス」、OBCの業務ソフト「奉行シリーズ」など、このプラットフォームを他ベンダーに 利用してもらい、さまざまなサービスを提供していく方向である。
一方、NTTグループではNGN(次 世代ネットワーク)を利用した「SaaS over NGN」を推進しており、通信回線、データセンター、認証プラットフォームなどをグループ内で分担して、SaaSプラットフォームやアプリケーションサー ビスを提供しようとしている。このような流れの中で、例えばNTTPCコミュニケーションズでは、モバイルSaaSサービスとして 「Master'sONEモバイルオフィスサービス」を提供している。これは、独自の接続環境であるモバイルオフィスゲートウェイとオンデマンド型アプリ ケーションを組み合わせて提供するサービスだ。ユーザーは、携帯電話やスマートフォン、外出先/自宅のPCから、グループウェアやWeb会議などの業務アプリケーションを必要に応じて利用できる(図4)。
携帯電話からのアクセスは、ID/パスワードによる認証に加えて、携帯電話の個体番号認証に対応しているほか、ユーザー/グループ単位、企業のセ キュリティポリシーに合わせたアクセス制御、SSO(シングルサインオン)にも対応し、セキュリティ面でも万全を期している。このほかにもモバイル向け ポータルを提供したり、既存アプリケーションを携帯電話用の画面に変換するなど、エンタープライズマッシュアップとしての機能も提供される。
ソフトバンクグループも法人需要としてiPhone 3Gに活路を見いだそうとしており、モバイルSaaSへの傾注ぶりが伝わってくる。「Salesforce Mobile」や「IBM Lotus Notes/Domino」 「Oracle Business Indicators」などは、既にiPhoneで利用できるようになっている。携帯電話のカメラで撮影した名刺情報をSalesforceに格納する写 名刺や、携帯電話のカメラ越しに見たものにタグを張り付け、さまざまな情報を得られる新サービスも登場しており、このような既成概念を超えたサービスが、 さらにモバイルSaaSの普及を加速させていくものとみているようだ。
次回は、さらに具体的なサービスに踏み込み、現時点あるいは近くサービンインするモバイルSaaSの代表例について、分野別に分けて紹介する。
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SaaS | 携帯電話 | Microsoft(マイクロソフト) | Outlook | Salesforce.com(セールスフォースドットコム) | NGN | オンデマンド | シンクライアント
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