中国進出企業の情報活用の落とし穴(1)
中国人にとって縁起の良い8 並びの日である8月8日、ついに国家プロジェクトの「北京オリンピック」が始まった。オリンピック開催へ向けて、北京市内の交通量のコントロール、建築工 事の全面停止などさまざまな準備が行われたが、本年の北京オリンピックと2010年に控える上海万博に加え、外資優遇策の見直し、人民元の切り上げ、新労 働法の実施など、中国に進出する日系企業にとっても新しい政策や法規制対応、マーケット拡大戦略に向けた投資を考えざるをえない時期にきている。
この変化の早い中国市場で成功するためには、現場の経営情報を迅速な意思決定につなげることが重要となる。中国 進出企業の競争力強化、市場拡大を目的とした情報活用の取組みなどについて、今回から4回にわたり論じていきたい。第1回は現在の中国における経営環境と マーケット、現地化の視点から、情報活用における課題がテーマだ。
■中国の「今」と進出企業を取り巻く環境
日本企業の中国進出の歴史について少し振り返ってみよう。日本企業の中国進出が本格的に始まったのは、中国政府 の改革開放路線が定着してきた1980年台半ばの第1次投資ブームだ。1989年の天安門事件を契機に一旦ブームが下火となり、鄧小平の南巡講話により生 じた第2次対中投資ブームでは、多くの製造業が安価な労働力に目をつけて工場を設立したが、90年代後半になってから、中国経済の伸び悩みや出資比率規制 などを背景に進出早々の撤退や地場系企業への吸収という結果も増えた。
2001年、中国のWTO(世界貿易機関)加盟による規制緩和、アジア通貨危機の終焉をきっかけに対中投資の第3次ブームが起こる。
そして近年、ビジネス情勢はまた大きく変化してきた。いまや中国のGDPは米国、日本についで世界第3位、外貨 準備高は世界1位で、経済成長率の目標値は年平均7.5%。以前は、積極的に外資系企業を誘致していたが、今では不動産投機をあおるホットマネー流入の規 制に懸命。ハイテクや技術集約型産業からIT関連、金融・サービス業へ軸足を移し 「世界の工場」から「世界の頭脳」への変換を図っている。流通業では調 達・在庫・納期管理、物流全般への積極的IT投資が見られるほか、サービス業ではブランド力向上と開放型経済の進化への取組みが見られるとともに、 2010年には業界従事者比率を現在の31.3%から35%に引き上げようとしている。
このような情勢の下、現地日系企業に見られる変化としては、(1)対中投資の鈍化(2)人民元の切り上げ、人件 費高騰による生産コスト上昇(3)外資系企業誘致政策からの転換による中国撤退や「チャイナ・プラス1」(ベトナム、タイ、インドなど)への投資――があ げられる。それでも、中国の巨大なマーケットは魅力的だ。リスクだけでなく、中国の成長力、ビジネスチャンスを見据え、真正面から中国と付き合う覚悟を決 める時期が来ているのかもしれない。
■中国国内におけるマーケットの拡大
現在、進出企業全体としては、売上高は2桁成長中だが、「輸出増値税還付の一部廃止・引き上げ」や「新企業所得 税法の実施」などの影響から、今後は輸出型から内販型ビジネスへの転換を求められるだろう。中国で国内販売を拡大する上でのポイントは「市場の隅々に自社 サービスを宣伝・提供する体制を構築すること」である。
このための第1の課題は文化や価値観、仕事の仕方が異なる人材の育成と活用だ。実際、顧客営業の窓口担当者がなかなか情報を共有してくれない、現地の営業 担当と日本から来た管理者との間のコミュニケーションギャップ、サービスレベルが日本での水準に達しない、せっかく教育したのに1年強で辞めて競業他社に 転職ーーなどは日常茶飯事だ。
第2の課題は有効な販売チャネルや手法を通じた、優れた製品と高いサービスの提供だ。正しい意思決定に欠かせな いマーケットや顧客ニーズに関する情報をどれだけ収集できているだろうか。広域ゆえの多様な民族性や地域・気候の違い、経済の成熟度や商習慣、社会的モラ ルの違い、新たな消費トレンドとなる流行に敏感な一人っ子政策以降の若年層世代「八〇後」(ポスト80年)などの世代や収入・生活レベルの違いからくる多 様なニーズの把握が重要である。消費動向は、インターネットを抜きにしては語れず、「口コミ」が大きく動向を左右する。ネットミミズなんてご存知だろう か。
第3の課題は自社製品の市場での認知度である。特に新規参入企業は、中国独自のアプローチを考えることが必要 だ。日本型マーケティングは、企業ブランド政策と流通の系列化と言われるが、中国では流通の系列化どころか、流通そのものが発展途上で、発展の時間軸も日 本とは大きく異なる。
■グローバル化と現地化
近年の日本市場の縮小、サブプライム問題の影響による米国への依存度低下により、中国・インドを含めたアジア、 新興国などでの収益獲得に向けた、事業・経営のグローバル化は避けて通れない。中国での内販拡大など攻めの経営を行うためには、本社の経営管理におけるグ ローバル化の成熟度合いと、現地法人運営における成熟度合いを、ハード面、ソフト面で確認しつつ、適切な現地化推進を行うことが重要になる。
グローバル化の初期段階は、本社主導の日本人による経営だ。次の段階は、現地法人主導型で、本社へは経営・財務指標ベースでの報告が中心というものだ。こ こで多くの進出企業が直面する課題は、本社・現地間での経営管理および業務の重複やズレの発生である。また、言語、文化の違いが大きな壁なのは言うまでも ない。
特に、日本人の「プロセス重視志向」に対し、中国人は欧米人同様「アウトプット志向(結果主義)」であるため、自分の間違いについては自力で解決完了するまで報告がないか、問題なし(「没問題!」)という報告になることが多い。
そのため、プロセスにおいて蓄積されるノウハウや知識が個人に埋没することも多く、新しい担当者は十分な引き継 ぎもなく、ゼロから個人の経験と勘に依存するためサービスレベルが一定にならない。企業文化や規模、経営中枢メンバーの多文化理解度や情報共有・意思決定 の迅速さにより違いはあるものの、クロスカルチャーによる障害が認識されるのは、この時期である。仕事の仕方、ノウハウ、技術、思想・理念の継承も大きな 課題だ。最初は日本人から「Mustのやり方」を教えられるが、この段階で現地担当が、その業務の目的、次のステップへの繋がり、横部門との関連、最終的 な効果を本当に理解できているだろうか。
また、多くの駐在員の赴任期間は2-3年だ。異文化における成功体験が上手く伝承できないことによる新任赴任者の精神的苦痛など、影響の広がりは計り知れない。ここに経営の源泉となる現場力の差が生じてくる。
次回は、中国マーケットへ攻め入るために必要な情報とその活用の取組みを解説する。
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