Sunday, February 15, 2009

中国進出ブームの死角──逼迫するIT人材

中国進出ブームの死角──逼迫するIT人材

佐々木俊尚
2004/8/7


「世界の工場」として、「巨大マーケット」として、ビジネス界は中国に熱い視線を投げかけている。しかし、昔から中国進出に苦労した企業は多い。現在ではビジネスのオペレーションに欠かせないITの面でも同様だという(→記事要約へ)


- 再び盛り上がる中国進出

 
 企業の中国進出に、再びブームが訪れている。従来のように大企業や製造業だけでなく、2000年をまたぐころから、ITベンチャーをはじめとしてさまざまな業種・規模の企業が中国に進出するようになった。その数は1万5000に迫るとされている。

  中国ビジネスについて、少し歴史を振り返ってみよう。日本企業の中国進出が本格的に始まったのは、中国政府の改革開放路線が定着してきた1980年代後半 からである。だが当時は法も商慣習もまったく異なる社会主義国への進出というハードルは恐ろしく高く、海外進出に日本企業があまり慣れていなかったことも 手伝い、失敗に終わったケースが少なくなかった。そして1989年には天安門事件が起き、中国ブームは一気に冷めてしまう。

 事件の余波が落ち着いた1990年代半ばには日本企業の対中投資熱は再燃するが、1997年にはアジア通貨危機が勃 発(ぼっぱつ)し、対アジア投資自体が抑制される結果となった。現在の中国進出ブームは、通貨危機が去り、アジア各国が力を再び取り戻してきた2000年 ごろから続いているといえるだろう。「第3次中国投資ブーム」とでもいえるかもしれない。

- さま変わりする“チャイナ・リスク”

 昔に比べると、中国におけるビジネスの状況は大きく変わった。

  中国が大きく市場経済へと転換を始めたのは、1980年代である。アジア通貨危機の荒波をくぐり抜ける中で、中国の改革開放路線に対する各国の信頼は揺る ぎのないものとなった。2001年12月には世界貿易機構(WTO)への加盟を果たし、前世紀の遺物だった統制経済と完全に決別したのである。

 この時期から金融や通信など、従来は国有企業が独占していた業種への外国企業参入が認められるようになり、そして株 式市場も登場し、資本主義化に成功して成長を遂げつつある大型国有企業の上場などが始まっている。IT系のベンチャー企業も次々と登場し、莫大(ばくだ い)な富を手にした新富裕層も出現した。ここ数年は政府目標を上回る勢いでの経済成長が続いており、スイスの経営開発国際研究所(IMD)が発表した 2004年版の世界競争力年鑑では、中国は世界第24位にランキングされた。中国経済のあまりの過熱ぶりに「バブルではないか」という懸念も出ているほど だ。

  日本 中国 韓国 台湾 香港 シンガポール
2000年 21 24 29 17 9 2
2001年 23 26 29 16 4 3
2002年 27 28 29 20 13 8
2003年 25 29 37 17 10 4
2004年 23 24 35 12 6 2
表1 世界競争力ランキング(順位) 
出所:World Competitiveness Yearbook 2004(IMD)

 こうした状況の中で、対中投資のリスクの中身も、大きく変ぼうを遂げている。以前のように、官僚的で閉鎖的な中国人の対応が、日系企業を苦しめるということはない。以前と比べれば、中国経済ははるかに資本主義化され、ソフィストケートされている。

  だが一方で、新たな問題も生じつつある。中国を生産拠点に利用するだけでなく、巨大市場ととらえ、10億人市場での商品販売に乗り出した日系企業の多くは なかなか進まない代金回収に苦闘し、次々と現れるコピー商品対策にも手を焼いている。また企業所得税の減免措置など、外資系企業に与えられていたは優遇制 度が撤廃の方向に進んでいることも、日系企業の間では大きな不安材料となっている。何しろ相手は大国とはいえ、資本主義への道を歩き出したのはわずか二十 数年前のことなのである。そう簡単にリスクがなくなるわけがない。

- 中国拠点におけるIT化の課題
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 同時に、中国の現地法人における情報システムの問題も顕在化しつつある。1990年代以降、日本企業のビジネスプロセスそのものがIT化さ れてきた中で、海外拠点ともネットワークで接続し、さまざまなシステムをグローバルに統合していかなければならなくなってきたからだ。

 だが中国拠点のIT化は、同じアジアでもIT先進国である韓国や香港、台湾、シンガポールなどと比べれば、相変わらず甚だし い困難さが続いているといっていい。そもそも「どうやって通信インフラを現地オフィスに整備すればいいのか?」という基礎的なレベルから、つまずいてしま う企業もあるのである。

 日本オラクル アジアパシフィック事業開発室から中国オラクルに出向し、上海を拠点に活動している佐藤友朋氏は、「中国でのビジネス経験がなければ、どう対応していいのか途方に暮れてしまう日系企業担当者もいる。相変わらず苦労の連続のようだ」と話す。

  日本オラクルではもともと、日本国内に限ってサービスを提供していた。グローバルに展開する多国籍企業であるオラクルは、各国ごとにオラクル現地法人が存 在し、各法人が自国内の顧客に製品を提供するというのが原則となっているからだ。日本企業は国内では日本オラクルから製品を購入するが、中国に拠点を作れ ば、そこでは中国オラクルからサービスの提供を受けなければならない。

 だが日本企業の中国進出に関しては、中国という特殊事情に加え、日本企業が高度なサービスを求めていることなど、従 来のルールではうまく回らないことが予想された。このため日中のオラクルが協力して、日本法人側が日系企業の顧客に対応し、中国オラクルの支援を行うとい う体制を作り上げたという。そして日本オラクル・アジアパシフィック事業開発室から6人の日本人スタッフが、中国オラクル日系企業営業部に出向し、上海の 事務所に常駐して日本の顧客のサポートに追われているのである。

 上海に駐在しているスタッフたちは、日本企業からさまざまな相談を受けている。中国でどのようにして通信インフラを 整備すればいいのかという最初の難関から、国境をまたいでデータをどう統合するのかといったシステムの問題。さらには日中の会計制度の違いや著作権侵害へ の対応、情報漏えいに対する考え方など、多岐にわたっているという。日本オラクル上海スタッフたちの奮闘を見ていくと、そこには日本企業の中国進出の困難 さが浮き彫りになってくるようだ。

 その中から、今回はその代表的な苦労――人材採用を紹介しよう。

今日的中国人の生き方

 ここ数年、日系企業の苦労がますます高まっているのは、いかにして質の良い中国人技術者を確保するのかという難問だという。

  中国企業は従来、情報システム部門さえ持っていない企業が多かったから、システム管理ができるようなレベルの技術者は非常に少ない。もちろんITに関する 教育熱は非常に高く、優秀な人材は次々と育っている。だがその多くは米国や日本などに海外留学し、帰国せずにそのまま海外企業に就職する道を選ぶのが一般 的だ。その方が、圧倒的に給料が高いからである。それでも帰国して就職するという道を選ぶ人もわずかながらいるが、その大半は中国での会社設立を目指す 「起業家予備軍」である。

日本オラクル アジアパシフィック事業開発室 佐藤友朋氏
 佐藤氏は「日本のように、大手企業に就職して一生を技術者として過ごしたり、ITのスペシャリストを目指すという生き方を選ぶ人はほとんどいない。大半 は将来の起業を目指しており、技術の習得はそのステップアップのためだ」と説明する。日本人の「技術者気質」みたいなものを期待すると、肩透かしに終わる 可能性が高いということだろう。

  そして起業を目指して海外留学から帰国した若手技術者たちは、多くは外資系のIT企業に就職してしまう。そしてこの「外資系企業」には、日系企業は含まれ ていないという。理由は簡単だ――給料が安く、おまけに決して現地法人のトップに就任できないから。日系企業現地法人の経営者は、日本の本社からの出向者 で完全に独占されているのである。

 まして、一般の製造業や食品業など、ITユーザーサイドの企業の情報システム部門に入社してくれる可能 性は、非常に少ない。ユーザー企業のIT部門は、中国人技術者たちにとってはキャリアパスにならないのだ(肩書きに“マネージャ”と付けば、別かもしれな いが)。もちろん、目標地点となることは絶対にない。厳しい話であるが、これが中国IT事情の現実なのである。

- 中国人エンジニアは確保できるか?
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 そんな需給の逼迫もあり、中国ではIT技術者の処遇は極めて高い。経験を積んだエンジニアであれば、現地法人の経営幹部やマネージャクラスよりも高い給与が支払われているケースもあるという。

  こうした高給の技術者をそれでも探して雇おうという場合、ちゃんと日本企業向けの人材派遣会社というのがある。現時点で3社が存在しているといい、これら の派遣会社とどう交渉するのかが、日系企業の採用担当者の重要な仕事となっているようだ。「これだけの数を採用するから、いい人材も入れてくれ」とあれこ れ要求するのである。

 一方で、中国には終身雇用制は存在しない。このため人材の流動性もきわめて高い。要するに、次々と転職し、どんどん 会社を辞めていってしまうのである。せっかく優秀な人材を採用できても、その人物が来年も在籍してくれている保証は何もないのだ。佐藤氏は「たいていは1 年ぐらいで転職していくため、大手企業でも教育プログラムなどは一切用意していないところが多い。教育が無駄な投資になってしまうから」と話す。人材採用 に関しては長期的な計画を立てるのも難しく、かなり厳しい状況であるということなのだろう。

 次回以降、日本オラクル・アジアパシフィック事業開発室の面々の奮闘ぶりを紹介しながら、中国におけるITのさまざまな難題を見ていきたい。

知られざる中国通信インフラの実態

佐々木俊尚
2004/11/26


「電話加入者数が世界最大」などと報道される中国だが、企業進出という面から見ると通信インフラにもさまざまな課題が発生することがあるようだ。KDDIの担当者に中国の通信事情を伺った(→記事要約へ)


- 統計だけでは測れない中国の通信事情

  中国の通信は急激に拡大しつつある。中国信息産業部(情報産業部)の統計によれば、2003年に固定電話加入者は2億6331万人、携帯電話は2億 6869万人に達し、ユーザー数で比較すれば世界最大。電気通信事業も2003年に6兆9000億円に達し、2000年以降は毎年、前年比15%の成長を 続けている。ブロードバンドも都市部でのADSLを中心に急激に普及しており、昨年末にはブロードバンド利用者は1740万人にも達し、日本を抜いた。

中国の電話加入者数(中国信息産業部発表の数値より作成)

 こうした状況だけを見れば、中国の通信インフラは相当に整備されつつあるように見える。

  一方で、ここ数年の日本企業の中国進出は著しい。日経新聞の記事などによれば、中国進出企業の数は1万4000社を突破している。中国は莫大な労働力を供 給する生産地でもあり、そして同時に空前の規模の消費市場でもある。中国にどれだけ進出できるかどうかが、製造業の試金石にもなりつつあるという状況なの だ。

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 こうした中国進出ブームの中で、“中国慣れ”していない企業が現地で思わぬ障壁にぶつかってしまい、困惑するというケースも増えている。

  何しろ1970年代までは純然たる社会主義の統制経済を行っていた国であり、文化や経済が完全に資本主義化されるようになったのはここ十数年のことでしか ない。そしてとかく忘れられがちだが、今も政治体制としては社会主義を守っているのである。こうした状況を認識していない日本企業が現地に進出し、日本と 同じような感覚で工場の立ち上げなどを行おうとすると、さまざまな問題にぶつかる結果となる。

 特に通信インフラに関していえば、冒頭に紹介したような統計数字だけでは見えてこないさまざまな問題が、依然として横たわっている。こうした問題を知らずに中国に出かけていくと、たいへんなしっぺ返しを受ける可能性があるだろう。

- 開発区進出──手続きに忙殺されると……

 特に難問が多いのは、開発区である。

北京の開発区。広大な土地に整然と近代的な工場が立ち並んでいる
 開発区というのは、1980年代初頭からの改革開放政策のもとで、おもに外資系企業の誘致のためにさまざまな優遇政策が用意された地区のことを指してい る。そう書くと、日本の「工業団地」のようなものをイメージする人も多いだろう。しかし規模はまったく異なっている。

 中国の国土は広大である。同様に、開発区も圧倒的に広い。15キロ四方に広がっている開発区も少なくなく、中国政府が認めた公式の開発区、それに地方政 府が政府非公認で行っている開発区なども含めると、中国国内に存在する開発区の総面積は日本列島と同じ程度になるという。中国経験の長いある日本人ビジネ スマンは、こんな風に話している。

 「広州から香港へと幹線道路を走っていくと、道の両側がすべて開発区となっており、延々とだだっ広い土地と工場群が広がっている。中国の圧倒的な生産力を実感させられる光景です」

  この開発区に外資系企業が進出する際は、まずどの開発区のどの場所に工場を建てるかを視察して選ぶ。決定したら現地法人を設立し、その上で開発区を管理し ている官公庁から土地使用権を購入し、契約が完了した段階で工場の建設を開始することになる。この手続きは各地の地方政府によってまちまちで、かなり煩雑 な手続きを必要とすることから、ほかのことにはあまり注意が回らないケースが多いようだ。

 そこに最初のトラブルの落とし穴が存在しているのである。

- 回線敷設申請の受け入れ拒否

KDDI中国 今城史裕氏
 ここでKDDIの担当者に登場していただこう。同社は中国に現地法人「KDDI中国」を設立し、日本企業が中国に進出する際のネットワーク構築やシステ ム環境構築の支援を行っている。日本では通信大手として知られるKDDIだが、中国は外資系企業には通信事業者の免許を与えていない。このため同社も、中 国ではあくまでネットワークベンダとして業務を展開している。

 KDDI中国の今城史裕氏は、約10年前から中国とのビジネスに関わり、3年前からは北京に駐在している。夫人は中国人だそうで、KDDIきっての中国通として有名だ。今城氏が話す。

  「工場の建設が始まった段階で、中国の通信企業に回線敷設を申し込み、申請書を電信局に提出するという順番になります。ところがその後になって突然、『回 線がありません』『開発区の最寄りの局が設置されていないため、回線が敷設できるのは半年後になります』という驚くべき回答がやってきて、あわてふためく ことになるというケースが少なくないようです」

 先に述べたように開発区は非常に広く、しかも北京や上海、大連といった都市部からは数十キロも離れた場所に作られて いることが多い。中国ではADSLを主としてブロードバンド回線が普及しつつあるものの、依然として都市部が中心で、地方にまではまだ回線の普及が進んで いないという現状がある。

 「中国政府は『回線の申請が出てから2カ月以内に回線を敷設しなければならない』というルールを作っている。ところ が通信キャリアの側はコストや物理的な問題などからそのルールを守れないことも多いため、まだ局ができていない場所で回線の申請が出ると、一時金を受け取 らず、申請を受け入れないというケースも出ているようです」

通信品質と速度の問題

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 そのようにしてようやく回線が引かれたとしよう。しかし問題はまだ全然終わらない。品質に問題が出ることが多いのだ。中国のブロードバンド の多くは、ADSLが利用されている。そしてADSLはご存じのように、電話局からの回線長が長くなると、信号が減衰してスループットが急激に落ちてしま うという特性がある。

 国土の狭い日本では、山間地でもない限り、多くの事務所や住宅は最寄りの電話局から2km程度の距離に収まるケースが多い。 回線長による減衰はさほど大きな問題にはならない。ところが中国では、その距離が5~10kmに及ぶのはざらだという。「高速回線の敷設は不可」という回 答を通信キャリアから受け取り、あわてて理由を問い合わせると、「電話局からの距離が遠すぎてロスが大きすぎる」と説明されることもあるようだ。

 また最大スループットも、24~40Mbps程度の高速サービスが当たり前になってきている日本と比べ、中国では都 市部でもせいぜい最大512kbps程度だ。128kbpsも少なくなく、ブロードバンドとはいいがたい。回線長が比較的長いため、回線が遮断されたり、 つながらなくなってしまうことも多いようだ。こういう状況だから、日中間で最先端のネットワークサービスを活用する……というのは難しい。例えば日本で大 流行しているインターネットVPNも、中国ではかなりの困難を伴うようだ。

  「インターネットVPNは、比較的費用が安価に済むため、問い合わせも相応に来ています。しかしインターネットVPNの場合は、ロスが生じるだけでなく、 問題が起きてほとんどつながらなくなってしまうというケースが多いようです。日中間のネットワークがアメリカ経由で遠回りになってしまっていて、遅延が多 すぎてVPNのセッションが張れないというケースも少なくありません。回線状況もまちまちで、同じ時刻に北京からは東京とセッションが張れたのに、天津か らは張れないため、しかたなく天津から北京を経由して東京にセッションを張ったりといった工夫を強いられることもあります。リアルタイムで確実に動作させ なければいけないような業務システムなら、インターネットVPNではなく、高くても安全なシステムを設置していただくようにお客様にはお願いしていま す」(今城氏)

- サポート、ウイルス、ビル内配線にも配慮を

  おまけにいったん接続がとぎれてしまったら、通信会社がすぐに対応してくれないことも多いようだ。電話対応のオペレーターはもちろん存在するのだが、平日 の営業時間のみ対応というケースも少なくないのだ。日本のように24時間いつでも即座、といった対応を求めるととんでもないことになる。土曜日にネット ワークが使えなくなり、月曜日の朝まで待たされることだってあるのだ。

 KDDI中国では、こうした問題が生じないよう、日本企業に対してさまざまサポートを行っている。苦労は絶えないようだが、それでも以前に比べればかなり状況は改善されているという。10年前から中国の通信に関わっている今城氏は、「10年前には日本企業のオフィスにPBXを入れるのだけでも苦労しました。予定通り回線を引き込めなかったり、当日になっても発注した機器を持ってきてもらえなかったり、苦労の連続だったんです。そのころに比べれば、今はずいぶん状況はよくなったと思います」と苦笑するのである。

 KDDIの業務は、回線の敷設にからむサポートにはとどまらない。顧客から問い合わせを受け、回線の品質について調べるようなことも頻繁に発生している。また最近では、コンピュータウイルス対策も業務の大きな部分を占めるようになっている。

 「とにかく中国では、ウイルスが非常に多い。現地の人は企業も個人もウイルス対策をほとんど行っていないようです。このためお客様にはネットワーク側でウイルスチェックを行うソリューションを提案させていただいています」

北京市内は、ビルの建設ラッシュだという
 またオフィスという「箱」の問題もある。例えば開発区と異なり、都市部では回線などのインフラはかなり整ってきている。北京や上海などではここ数年、東京をしのぐ規模の超高層ビルがどんどん建設され、風景は一変しつつある。

 だが内実を見ると、かなり日本とはルールが異なっている。オフィス用途であってもビル内の配線料は、借りる側の企業が支払わなければならないのだという。しかもその料金は非常に高く、電話会社の回線料金と同じぐらいの金額を要求される。

 また自家発電の設備を持っているビルは少なく、いわゆるインテリジェント化されているオフィスビルは ほとんどない。配線のための床上げが行われていないどころか、たいていのビルは借りる際は内装がコンクリートむき出しになっており、入居する側が自由に内 装工事を行い、退出の際に内装を取っ払って現状復帰するという仕組みになっている。つまりオフィスのインテリジェント化は、すべて入居企業の負担で行わな ければいけないということになる。

- 「没問題」を鵜呑みにしない

 その一方で、日本と同等か、それ以上に普及しているサービスなどもある。例えばIP電話は相当に普及しており、ビジネスユースでの利用度も非常に高い。安価なサービスも登場しているという。このように日本や欧米と通信事情がかなり異なってしまっているのは、中国政府が通信事業への外資系参入を認めていないことも背景にあるようだ。

  KDDI海外事業開発部 中国市場開発グループリーダーの真鍋了氏は「通信事業への外資系企業参入については、まだ見通しは立っていません。ただデータセンターやASPといった付 加価値通信については、中国政府は徐々に開放するという方針を持っているようです」と話す。

 中国の通信事業は2002年5月、旧中国電信が南北に2分割され、北京や天津、大連などの北部10省を中心とする中 国網通(CNC)と、上海や江蘇省、広東省など南部21省を中心とする中国電信(China Telecom)が誕生した。だが両社はお互いのテリトリーに相互参入を始めており、競争がかなり激化しつつある。また携帯電話に関しては、旧中国電信の 移動通信部門が独立した中国移動通信(China Mobile)が市場の約70%、中国最初のNCCとして1994年に設立された中国連合通信(China Unicom)が約30%を握り、2大ガリバーになっている。いずれにせよ少数の企業が市場を独占しており、競争原理があまり働いていないのが現状のよう だ。

 将来的には通信事業も対外開放され、さらにインフラ整備が進んで状況は改善されていく可能性も高いだろう。だが中国 での通信事情は、「日本の『当たり前』が当たり前じゃない世界。『大丈夫ですよ』と明るく言われて鵜呑みにしてきてしまうと、あとからいろんな問題が出て きてしまう可能性がある」(今城氏)という。心して進出を段取りしたほうがよいだろう。


広い中国でコーポレート・ガバナンスを確保するためのシステム統合

佐々木俊尚
2005/2/2


外資の現地法人設立に規制のあった中国だが近年、緩和が進んでいる。現地法人統合に伴い、システムの統合も求められる(→記事要約へ)


- WTO加盟で劇的に変わった中国の外資進出環境
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 中国は長らく、海外企業の進出について厳しい規制政策を取ってきた。海外企業が直接投資で現地法人を設立することは認められず、必ず中国企業との間に合弁の形で新たに会社を設立しなければならなかったのである。

 出資割合は産業分野によって異なっており、例えば重点育成産業である自動車では海外企業の出資比率は49%以下とされていた。出資比率以外にも、会社を設立する際の認可手続きなど、さまざまな細かい規制が行われていた。

 日本企業が欧米に進出する場合、生産工場を集約して独自の販売網を構築できたが、中国ではそれとはまったく異なる直接投資政策を強いられた。広い国土のあちこちに進出するごとに、地元の企業と合弁で現地法人を設立しなければならなかったのである。

  その結果、気付いてみれば現地法人が中国全土に数十社も散らばっているという状況になっていたのである。大手企業ともなると現地法人の数は80近くにも上 り、そうした拠点を集約したり、連携させることはほとんど不可能に近かった。ましてや情報システムの統合などは夢物語にすぎなかったのである。

 ところが2001年12月、中国が世界貿易機関(WTO)に加盟して、事態は劇的に変わった。中国政府が外国企業に 対する規制を大幅に緩和したからである。関税率の引き下げや非関税措置の廃止なども行われ、事実上、保護貿易国家から自由貿易国家への大変身といってもよ いほどの政策転換となった。

 その中でも最も影響が大きかったのは、直接投資の緩和だった。自動車など重点産業の一部を除いて、海外企業が100%出資で現地法人を設立できるようになったのである。

 この結果、中国に無数に乱立する現地法人を集約し、統合していこうという動きがここ数年活発になってきている。そしてそうした統合の際に最も問題になるのが、情報システムの共通化だ。つまりは乱立している現地法人に対して、どうコーポレートガバナンス、ITガバナンスを機能させるかという問題が生じてきたのである。

- システムとシステム部門の集約化が進む

日本オラクル 執行役員 アジアパシフィック事業開発室長 沼田治氏
 日本オラクル 執行役員 アジアパシフィック事業開発室長の沼田治氏が解説する。「これまでピンポイントとして存在していた情報システムを、面としてとらえなければならなくなっ た。これまではバラバラでガバナンスがほとんど働いていなかった情報システム部門について、サーバを統合して1カ所に集約し、ネットワークで各拠点を結 び、そして会計などのアプリケーションをすべて共通化するといったプロジェクトが各企業の間で始まっている」

 その好例とされているのが、松下電器産業だ。同社はOracle E-Business SuiteのOracle Financialsを採用し、2003年から財務会計システムの中国展開に着手している。

 松下電器産業の中国進出は古くから行われており、中国全土には53社の拠点が存在している。この会計システムを統合するのがプロジェクトの狙いで、システムは同社がすでに構築している上海のシェアードサービス・ センターで一括統合運用し、最終的には53カ所の拠点すべてを結ぶ見通しだ。この共通化の結果、コストを最小限に抑えた維持管理を行うことができ、中国国 内の各拠点の財務情報もリアルタイムで本社が把握できるようになるという。決算情報もいち早くディスクローズすることが可能で、経営のスピードは格段に速 くなることが期待されている。プロジェクトは、2005年春に完了する予定という。

 松下グループの松下電工も同様の取り組みを進めており、中国国内十数カ所に分散している工場と販売会社のシステムを、北京の情報システム部に統合しようとしている。そしてこうした動きは1企業、1産業分野に限らず、あらゆる場面で起こりつつある。


課題はやはり人材

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 こうした動きが進んでいる背景には、ITガバナンスを働かせたいという企業の積極的動機だけでなく、中国特有のもっと切羽詰まった裏事情もあるようだ。それはITの人材難の問題である。

 この連載の第1回で も触れたが、中国における技術者の求人難は、年々深刻さを増している。優秀な技術者や欧米系の企業や自らの起業などに流れてしまい、なかなか日系企業には 就職してくれない。ようやく人材を採用しても、少し経験を得るとすぐに独立してしまう。あるいは他社からヘッドハンティングされ、あっという間に姿を消し てしまう。しかも日本的な仁義が通用する世界ではなく、システム開発のプロジェクトが進行している真っ最中でも転職は当たり前のように行われている。部下 を引き連れてチームごといなくなってしまうケースも少なくない。

 おまけにここ数年、中国では経済のバブル化が激しく、給与水準も高騰している。技術者の求める給与が、日本企業が許容できる範囲を超えてしまっていることもある。

  沼田氏は話す。「例えば従業員数万人レベルの工場を地方に設立したような場合、情報システム部門の専門家は最低でも5~10人程度は必要になる。ところが もしこのシステム部門の部門長が部下を引き連れて他社に転職してしまったら、その工場は運用ができなくなってしまう。企業としては死活問題で、CIOレベルどころか、CEOレベルの経営課題といっても良い。そしてこうした問題は、日本企業が現実にいま抱えつつある」

  とはいっても、すぐに解決できる方法はない。高コストを受け入れて高い報酬の技術者を雇うのか、あるいは必要以上に数多くの技術者を採用し、教育を施して いくのか。そもそもが中国はIT化が始まってからまだ十数年の経験しかなく、マネージャとして現場を任せられる中堅どころの技術者が存在していないという 問題も背景にある。層が薄いのだ。中国が日本並みに厚い技術者層を持つようになるまでにはまだかなりの歳月が必要で、日本企業は技術者の求人難を今後も耐 え忍んでいくしかない。

 そんな状況の中で、技術者不足を解消する手だての1つとして注目されているのが、情報システム部門の統合なのであ る。沼田氏は「各地の工場には数万人、十万人の規模の従業員が存在する。そうした規模のシステムを、人材不足の中でしっかりした情報システム部門の体制が 作れないまま、現地の工場に任せていいのか、トラブルが起きたらどうするかという危機感は日本企業の間にかなり強い。このため北京や上海の拠点に情報シス テム部門を集約して人材も配置し、全土の工場をコントロールしようという動きが出てきた」と指摘している。

- “生産拠点”から、“市場”へ

 拠点を結んだITガバナンスが重要度を高めてきた背景には、さらに別の理由もある。それは中国に進出した日系企業が、ビジネスのバックエンドだけでなく、フロントも担うようになってきたことだ。

  従来は日本企業が中国に進出する際は、ひたすら工場の生産ラインを各拠点に作り上げれば良かった。工場はどれも現地企業との合弁として設立していたため、 製品の販路についてはそうした現地企業がほぼ100%握っていたからである。「製品は作りました。売るのはお願いします」というわけだ。

  ところが2000年の中国WTO加盟以降、規制緩和の流れの中で、そうした枠組み自体が崩壊してきた。地域をまたいで販売網を構築するなど、日本企業が自 社の経営戦略の一環として営業・販売戦略を練ることができるようになってきたのである。そうなれば、当然のように生産管理やマーケティングなども必要で、 各拠点が連携してさまざまなデータを交換しなければならなくなる。そうした観点からも、各拠点を統合したITガバナンスの必要性が高まってきたということ なのである。

 こうした戦略を進めていけば、各社はさらにスケールメリットを求め、中国国内の拡大をさらに推し進めるようになる。そうなれ ば情報システム自体も、さらに巨大な規模を求めざるを得ない。その一方で中国の市場は浮き沈みが激しく、販売量のアップダウンが日本と比べものにならない ほど大きい。どのようにして中国国内の経済戦略を立てていくのかは、どのようなITガバナンスを確立していくのかも含めて、日本企業にとって極めて厳しい 判断を求められるものとなっているようだ。

 おまけに各拠点の現地法人は、それぞれの設立時期が異なれば、敷設されている通信インフラも まったく異なっている。古く細い回線を修理しながら使っている工場がある一方で、最先端の光ファイバーを使える場所もある。また拠点が異なれば、生産ライ ンもまったく違う仕組みで構築されている。こうしたバラバラな状態の中で、どのようにして情報システム部門を統合していくのかは、かなりの難問といえる。

  沼田氏は「現行のシステムをバージョンアップするのか、あるいは統合して作り直すのかは常に大きな課題。われわれ支援する側としては、いきなりすべてを一 気にやっていただくのは大変なので、共通点の大きい部分から順次進めていっていただくという方針を採用している」と話す。

 とはいえ世界中 の生産業はいま、中国に集まりつつある。この機を逃し、巨大な労働市場と拡大しつつある消費市場を失っては、日本企業の生き残る道はない。さまざまな試行 錯誤はあるのかもしれないが、情報システム部門を統合させ、コーポレートガバナンスを確立していくのが最良の策であることは間違いないようだ。

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